ソクミツAI レポート 2026-10-18 公開 / 著者 古野光太朗(株式会社TechWorker 代表取締役)
卸・商社のAI活用レポート 2026
見積と受発注で、いま何が起きているか
公的統計と、卸・商社が自ら公開した事例から、AIがどの仕事で使われ、どの仕事ではまだ使われていないかをまとめた。数字はすべて原本で確かめ、出典を末尾に載せている。
要点
公的統計と、卸・商社が自ら公開した事例から、5つにまとめた。
取引の約6割は今も電話・FAX
卸売業の取引約320兆円のうち、電子商取引(EDI・Web)は40.3%。残りの約191兆円は電話・FAX・メール・対面で動いている(経済産業省、2024年)。
粗利で並べると機械器具卸が最大
販売額の1位は建築材料・鉱物・金属材料等の卸。粗利で並べ直すと、1位は機械器具卸の17.3兆円になる(経済構造実態調査、2024年)。
悩みの1位は仕入単価の上昇
経営上の問題の1位は「仕入単価の上昇」で35.0%。従業員の確保難は4位の7.7%だった(中小企業基盤整備機構、2026年4〜6月期)。
AIの公開事例は需要予測・物流・見積の自動回答に集中
問い合わせ対応・営業支援・与信と請求では、卸・商社自身が数字つきで公開した事例は、今回の調べでは見つからなかった。
読み取りAIは初期設定では24%
公開された実証では、初期設定のままで正しく処理できたのは24%。帳票ごとの調整で65%が加わり、合わせて約9割。選ぶときは自社の過去の注文で測り、人が承認してから登録する。
市場の大きさと稼ぎ方
販売額で見ると建材・金属や食品の卸が大きい。粗利で並べ直すと、機械器具卸がいちばん大きい。
建材・金属=建築材料、鉱物・金属材料等の卸。各種商品=総合商社など。出典:総務省・経済産業省「2025年経済構造実態調査 二次集計(企業等に関する集計)」表Ⅰ-5(2024年、法人企業を主な業種で分類)。粗利=年間商品販売額−商品売上原価で計算。
出典:総務省・経済産業省「2025年経済構造実態調査 二次集計(企業等に関する集計)」表Ⅰ-5(2024年、法人企業を主な業種で分類)。粗利=年間商品販売額−商品売上原価で計算。
卸売業の販売額は2024年に356兆2,023億円、粗利の合計は約53.1兆円で、販売額の約15%にあたる。機械器具卸には、電設資材(電線・配線器具・照明など)や機械工具の卸が入る。定価に得意先ごとの掛率をかけ、物件ごとの特値を入れて値段を決めることが多く、見積の1行ごとに粗利が動く。AIを入れる場所を考えるときも、販売額より粗利の大きさが目安になる。
取引はどこまで電子化されたか
卸の取引の約6割は今も電子化されていない。電子化が進んだのは、大手スーパーに納める食品・日用品の取引が中心である。
- EC(EDI・Web)128.9兆円、40.3%
- EC以外(電話・FAX・メール・対面)191.0兆円、約6割
出典:経済産業省「令和6年度 電子商取引に関する市場調査 報告書」。BtoB-EC 128兆8,684億円、EC化率40.3%。EC以外は総売上高(法人企業統計)からECを引いて計算。
出典:中小企業庁「受発注のデジタル化に関する推進方策 報告書」(2022年3月、EYストラテジー・アンド・コンサルティング委託)。全日本電設資材卸業協同組合連合会の会員718社に配り132社が回答。
報告書は、EC化率が上がった理由に、大手スーパーを中心とした「流通BMS」というEDIの標準化を挙げている。仕入れの側は、メーカーが用意したWeb-EDIに乗れば電子化できる。受注の側は、相手の工事店ごとに事情が違う。
電子受発注に対応する予定がない理由の1位は「取引先との取引の事情(価格交渉、信頼関係など)」で38.5%だった(31社の回答)。
卸の経営の悩み
悩みの1位は仕入単価の上昇で、従業員の確保難は4位。ただし機械器具の卸に限ると、従業員の確保難が2位(14.1%)に上がる。
出典:中小企業基盤整備機構「中小企業景況調査 資料編(第184回、2026年4〜6月期)」第10表。
出典:中小企業基盤整備機構「中小企業景況調査 資料編(第184回、2026年4〜6月期)」第5-(2)表。DIは「上昇」の割合から「低下」を引いた値。
値上げが続く時期には、見積の単価を正しく保つ手間が増える。メーカーの価格改定の前に出した見積がそのまま受注になる、物件の特値の期限が切れている、といった行を見落とすと、粗利が減る。こうした漏れの量を示す公的な統計は、今回の調べでは見つからなかった。数えるなら、各社が自社の見積で数えることになる。
AIがいま使われている仕事
卸の仕事を6つに分けた。卸・商社自身が数字つきで公開した事例は、需要予測と在庫、物流、見積への自動回答に集まっている。
2025年12月末
約3時間→約1時間半
従来比、2020年10月以降
AIによる発注最適化の試算
各社の発表・報道の値。物差しが違うので、並べて比べるものではない。
受発注・見積
数字つきの公開事例ありFAX・メール・電話メモの注文や見積依頼を読み、自社の品番に直し、得意先ごとの単価を当てて下書きを作る。
公開事例トラスコ中山(機械工具):見積への自動回答「即答名人」を2020年1月に開始。2025年12月末で見積の自動化率30.5%、見積依頼のWeb化率49.4%。特別な取引条件は担当者が答える。/イシグロ(管材):注文書を読むAIを受注入力に導入(2026年8月、提供会社の発表)。100万点超の商品から品番を探す。時間の削減の数字は非公表。
向き・不向き定番品の再注文は、AIより先にEDIや通販サイトで片付くことが多い。役に立つのは、書き方が揺れる依頼、取り寄せ品、掛率や特値が絡む見積。
問い合わせ対応
事例は少ない価格・納期・在庫・代わりの品の問い合わせに、社内のデータを引いて答える。または回答の下書きを作る。
公開事例トラスコ中山の「即答名人」は販売店からの価格と納期の問い合わせに答える仕組みでもある。それ以外に、数字つきで公開した卸・商社の事例は見つからなかった。
向き・不向き答えが社内のデータにある問い合わせは向く。技術的な判断や特別な条件の相談は、人に回す作りが要る。
需要予測と在庫
数字つきの公開事例あり過去の出荷、店頭の売れ行き、天候、曜日などから、品目ごとの必要な量を予測し、発注量を出す。
公開事例伊藤忠商事×日本アクセス:2021年2月にAIの需要予測と発注の最適化を導入し、対象拠点を全国に拡大(常温品約1,000品目から)。/ヤマエ久野:2024年4月に稼働。熟練担当者が1日約3時間かけていた発注業務が約1時間半に(約50%削減、稼働2か月時点)。
向き・不向き品目数が多く毎日発注する食品・日用品の卸に向く。物件ごとに一度きりで出る資材は、過去のデータが少なく予測しにくい。
営業支援
事例は少ない提案書や商談記録の下書き、過去の取引からの次の提案、社内資料の検索。
公開事例住友商事:2024年4月に Microsoft 365 Copilot を全社導入。月間利用者は約75%(2025年5月)、1か月あたり1万560時間を削減(2024年12月)。営業の受注にどう影響したかは示していない。
向き・不向き文書の作成や要約はすぐ使える。購買履歴から次の提案を出すには、販売管理のデータが整っていることが前提になる。
与信・請求
国内の事例なし取引先の信用情報の一次調査、請求書の読み取りと照合、入金と請求の消し込み。
公開事例日本の卸・商社の数字つきの公開事例は見つからなかった。米国では Canals の顧客の Kirby Risk が入金の照合の一致率99%、Kendall Group が請求書の96%を人の手を介さずに処理したとしている(提供会社のサイトでの公表)。
向き・不向き請求書の照合は読み取りと相性がよい。与信の判断そのものは人が持ち、AIは情報集めまでにする形が無難。
物流
数字つきの公開事例あり倉庫でのピッキングの自動化、配送の計画、入荷と出荷の量の調整。
公開事例PALTAC:AIやロボットを入れた「RDC埼玉」を2019年11月に稼働。2020年10月以降、バラピッキングの生産性は従来の2倍。/三菱食品:AIによる発注の最適化で、配送のトラック台数を約30%減らせると試算(伝票は1日約300万件)。
向き・不向き出荷量が大きく、商品の形がそろった卸ほど回収しやすい。中堅の卸では倉庫の機械化より先に、受注データを正しく作ることが前提になる。
見積・受発注の現場で起きていること
電材卸では、依頼が品番でなく現場の言葉で届くことがある。読み替えの手間と、取り違えによる出荷ミスが実際に起きている。
電話とFAXで注文。「昨日のあれ」
品番に読み替え、掛率と特値を当てる
担当者が手で打ち込む
各メーカーの型番に直してEDIで
出典:中小企業庁「受発注のデジタル化に関する推進方策 報告書」(2022年3月)。報告書の聞き取りから。
聞き取りに答えた工事店は、「昨日のあれ」という言い方が通じるのは問屋の技術力だと話している。問屋の側では、その言葉を品番に翻訳する作業が発注業務の多くを占める。プルダウンで選ぶ発注画面を用意しても、電話の方が早いと言われ、使われなかったという。
出典:中小企業庁「受発注のデジタル化に関する推進方策 報告書」(2022年3月)。アンケートの回答の割合。
出典:中小企業庁「受発注のデジタル化に関する推進方策 報告書」(2022年3月)。回答者の実感で、時間を測った数字ではない。
ある電材卸は、注文の8割がメールかLINE、FAXは1割で、社内システムへの手入力は今のところ大きな負荷になっていないと答えている。別の電材卸は、自社の品番とメーカーの品番が違うため、受けた品番を発注用の品番に手作業で直していると話す。
読み取りAIの数字の見方と、選ぶときの物差し
読み取りAIの精度は初期設定のままの値と、帳票ごとに調整した後の値を分けて聞く。決め手になるのは、自社の過去の注文で測った数字である。
- 初期設定のまま 24%
- 帳票ごとの調整で加わった分 65%
- さらに確認や調整が要る 11%
出典:受注業務向けのAIを提供する会社の発表(PR TIMES、2026年8月26日)。合わせて約9割を「自動化可能」と評価。約9割のうち65ポイント分は帳票ごとの調整で生まれている。33種類の帳票は検証の対象外で、「約9割」は検証した範囲の数字。1件あたり約11分→約5分は導入前の試算。
中小企業庁の調査で、ある電材卸はFAXの読み取りとRPAを検討しているが、100点が取れないので先に進めない、95点でも残りの5点を考えると投資に見合うか微妙だと話している。精度が何%でも、間違いはどこかに残る。間違いを人が見つけて直す手順が決まっていなければ、精度が上がっても安心して使えない。
自社の過去の注文で測る
カタログやデモの精度は参考にとどめ、自社に届いた依頼を20〜30件ほど用意して読ませる。
初期設定と調整後を分けて記録する
調整を誰がやるか、何日かかるか、追加の費用がかかるかも聞く。
人が承認してから登録する
AIが作るのは下書きまで。迷った行に印がつくかを確かめる。
読み取りの先まで含めて時間を測る
品番への読み替え、単価の当てはめ、販売管理への登録までを通した時間で、今のやり方と比べる。
海外の先行:米国の電材卸の見積AI
米国では、電材卸の見積と受注入力を対象にしたAIに投資が集まり、大手卸が自ら数字を語っている。日本と違うのは、上位の卸への集中度である。
Rexel USA(大手電材卸)が Parspec を全地域に入れたあとの変化。利用者1,000人超、見積は月7,500件超(業界誌 tED、2025年5月21日。数字を話したのは上級副社長)
仕様書と図面から部材表・見積・提出図書を作る
物件の仕様書や図面から部材表を作り、見積と提出図書をまとめるAI。2025年7月に2,000万ドルを調達。
形式を問わない注文を販売管理の行に直す
手書きのメモ、写真、電話の注文、PDF、表計算を販売管理の行に直す。2026年5月に3,500万ドルを調達、顧客は100社を超える卸。Kirby Risk では、丸1日かかっていた100行超の見積を20分で返した例がある。AIが作った見積や注文は、担当者が承認してから販売管理に入れる。
出典:EC&M「2026's Top Electrical Distributors」(2026年8月、Electrical Wholesaling の推計)。大手1社に入れば数百の拠点に広がる。日本では地域ごとの中堅の卸が多く、1社ずつ自社の注文で数字を出していく進め方になる。
始め方:小さく測る手順
最初の2〜4週間は、AIを入れる前に今の手間を数え、同じ依頼でAIを試し、結果を並べて比べる。
- 1対象を1つに絞る
「FAXで届く工事店からの見積依頼」のように、届き方と相手を決める。
- 2過去の依頼を20〜30件集める
手書き、略称、写真、表計算など、よく来る形をまぜる。
- 3今の時間を工程ごとに測る
受付、品番への読み替え、単価の当てはめ、登録、確認と修正。直した行と理由も記録する。
- 4候補のAIに同じ依頼を通す
初期設定のままの結果と、調整した後の結果を分けて残す。
- 5誰が承認するかを決める
迷う行に印がつくか、承認した記録が残るかを確かめる。
- 62週間ほど並べて動かす
品番の一致率、直した行の数、1件あたりの時間を、3の数字と比べる。
- 7数字を見てから決める
広げるか、やめるか。広げるなら別の営業所や品目を足す。
この手順で得られた数字は、販売管理の会社や読み取りの会社と話すときにも、そのまま比べる材料になる。
出典
確かめた日はすべて2026年10月18日。
- 総務省・経済産業省「2025年経済構造実態調査 二次集計(企業等に関する集計)結果の概要」2026年7月29日、表Ⅰ-5。https://www.stat.go.jp/data/kkj/kekka/pdf/2025gaiyo2.pdf
- 経済産業省「令和6年度 電子商取引に関する市場調査 報告書」2025年8月。https://www.meti.go.jp/files/900018019.pdf
- 中小企業庁「受発注のデジタル化に関する推進方策 報告書」2022年3月31日(EYストラテジー・アンド・コンサルティング委託)。https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/gijut/digitalization/download/report_r3.pdf
- 中小企業基盤整備機構「中小企業景況調査 資料編(第184回)2026年4〜6月期」。https://j-net21.smrj.go.jp/report/smrjsurvey/tsdlje0000001alv-att/184_30_report_appendix.pdf
- トラスコ中山「AIの取り組み(即答名人)」2025年12月末時点の数値。https://www.trusco.co.jp/en/trusco_is/ai.html
- PR TIMES「イシグロ株式会社の受注入力へのAIデータ入力の導入」2026年8月25日(提供会社の発表)。https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000008.000151276.html
- 伊藤忠商事「食品サプライチェーンDXの本格的な展開について」2021年2月1日。https://www.itochu.co.jp/ja/news/press/2021/210201.html
- ヤマエ久野ほか 共同発表「AI 需要予測自動発注で作業時間を大幅短縮」2024年8月28日。https://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2024/08/0828c.pdf
- 住友商事「Microsoft 365 Copilot の全社導入」2025年8月26日。https://www.sumitomocorp.com/ja/jp/enrich/contents/0088
- PALTAC「統合報告書2023」。https://www.paltac.co.jp/pdf/ir/library/integrated_report/backnumber_2023.pdf
- ITmedia ビジネスオンライン「年間『12億件』の伝票を処理、三菱食品がAIで挑む『受発注改革』」2026年9月18日。https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2609/18/news027.html
- PR TIMES「株式会社コモ、受注業務のAI活用に向けPoCを実施」2026年8月26日(提供会社の発表)。https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000019.000175889.html
- tED magazine「Rexel USA と Parspec」2025年5月21日。https://www.tedmag.com/?p=204641
- Distribution Strategy「Parspec raises $20 million」2025年7月8日。https://distributionstrategy.com/2025/07/parspec-raises-20-million-to-bring-ai-automation-to-construction-distributors/
- Distribution Strategy「Canals raises $35 million」2026年5月28日。https://distributionstrategy.com/2026/05/canals-raises-35-million-to-expand-ai-automation-platform-for-wholesale-distributors/
- Canals 事例「Kirby Risk」。https://www.canals.ai/case-studies/kirby-risk-modernizes-quoting
- Canals 事例「Kendall Group」。https://www.canals.ai/case-studies/kendall-group-unlocks-operational-efficiency-and-strengthens-partner-relationships
- EC&M「2026's Top Electrical Distributors」2026年8月17日。https://www.ecmweb.com/construction/article/55392898/2026s-top-electrical-distributors
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